大雨。涼しくなって、身体がびっくりしてる。
昨日の採血の結果は悪かった。CTとエコーの検査が必要だけど、
コロナのせいでリスクの高い患者を受けいられない。在宅崩壊!
検査しても、もう助からない患者って今は邪魔だけです。
先日オプソという薬の説明を受けて、やっと出された。
ま、死ぬ準備! でも、気が楽になった😊
在宅死のメリットについて。
・家族と過ごす時間ができる
・いつもの生活ができる
・場合によってQOLを保てる
・生活のリズムが自由で、好きなものを食べられる
・最期を自分らしく過ごせる
・自分のことを自分で決められる(延命するかしないこと、
お薬の服用をどうしたいか、痛みの緩和の開始など)
欧州で病院死が少ないという事実は、それに合う在宅サービスが
行き渡っていると思う。しかし、在宅サービスの充実だけでは
病院死が減らない。病院死が好ましくない終末期という考え方と
死生観が欠かせない。
では、日本は欧州と違って、なぜ、医療施設で亡くなる比率が
高いなのか。
家族の「死に際」は、病気の延長と捉えて病院暮らしを最適な選択と
思われている。面倒な自宅死よりも、「最期まで治療を続けた」と
いう安堵感を家族にもたらし、医療への傾斜が強い。
「病気の治療に精一杯尽くし、結果としての死」という思い込みが
医療側に強く、国民も「病院でも力及ばずなら仕方ない」と、
病院死がいいことだという考え方が浸透してきた。その理由とは医療や
医師への日本独特の強い「信仰心」である。
もう一つの要因は、「命は長いほどいい」という考え方が、医師を
通じて広まったことだと思う。ここから、本人には辛い、必要の
ないかもしれない延命治療が始まる。
死は病気ではない。病院は病気の治療をする場であり、暮らしの
場ではない。人は必ず死ぬ。それが普通とされているのに、
日本ではその概念が消えかかってしまった。欧米では「自分で食事を
摂ることができなくなった時が死へのプロセスの始まり」という
見方が国民的合意となっている。
もちろん、例外として、病気のせいで嚥下障害のある場合は、
胃ろうの造設が欧州でも認められている。栄養状態が悪いと言っても、
胃ろうを誰にでも造設されるものではないという欧米の考えです。
病院でも本人の意思が尊重される。